大和棟の新しい境界面

奈良盆地には、あちらこちらに小規模ながらもまとまって、急勾配の茅葺屋根に瓦葺の落棟のついた「大和棟」や、2階の天井高さが低い町家である「厨子2階建て」などの特徴ある建築形式をもった民家がひっそりと残り、魅力ある集落や通りを形成している。古くは江戸中期頃に建立されたが、町の衰退や人口減少、市街化調整区域内に位置するなど消極的な理由で建て替えられずそのまま「残ってしまっている」と考える人が多い。しかし一方で裏を返せば、開発の難を逃れて運よく貴重な財産が残っているとも考えられる。近年若い世代がこれに気付き、この財産を守り如何にして住み継いでいくのかを考え始めている。彼らは建物単体の表層を操作してカフェやイベントで県外から効率よく人を集めれば、すぐさま町が活気づくと楽観的に考えてはいない。地に足を付け、そこで生活をして子供を育て、再び地域の人びととの横の繋がりを大切にすることで、長いスパンでゆっくりと持続的に変化していくことを願っている。そのような人びとと一緒に民家の再生や町の将来について考えてきた。「大和棟の新しい境界面」は改修を重ね親世帯が住み続けてきた奈良盆地北部の小さな集落の中にある大和棟の主屋を、2世帯住宅に改修し子世帯が住み継いでいく計画である。

奈良盆地に残る民家は、敷地内に主屋のほか、門屋、蔵、ハナレ等の付属棟が多数存在するものや、増築を重ねた結果、複数の棟が集合してひとつの大きな民家となっているものなど、農村部、都市部に関係なく敷地や床面積が大きな建物が多い。かつては家族が生活する場所以外に商売をするためのミセ、生産するための縁、土間、備蓄用の屋根裏、蔵が併設され、複数の世帯が同居していた。単一家族が生活するだけの現代的な住空間としては大き過ぎてもて余してしまう大空間や屋根裏、縁、土間、蔵といった、機能を失った余剰スペースに新たな魅力や知性を感じ大きな民家を選択する建主も多い。単に住まうこと以上の、生活を豊かにする何かが付加される可能性を感じている。
この計画では、大和棟の既存躯体に初期剛性を受け持つモノコック構造の新しい境界面を入れ子状に挿入することで、過去の改修で形骸化した茅葺屋根裏空間と縁側が別の意味を纏い再生され、空気環境や世帯間の関係を豊かにている。急勾配の茅葺屋根によるチムニー効果を利用し新しい境界面と既存外皮との間で調湿された空気を大きく動かす。更にその境界面に穿たれた33枚の建具の開閉による微細な調整により建物全体の空気環境を整えながら、同時に世帯同士互いの気配を感じる事ができる特定の機能を持たない空隙となっている。
土間、縁等の現代的な生活において不要となった空間は本来単一機能ではなく作業、接客、食事、備蓄等様々な用途に利用されていた複合的な機能を持つ曖昧な空間であった。かつての機能を失った今、そのような色々な物や事や人をおおらかに受入れる事ができるポテンシャルは内部の住環境を豊かにするだけでなく、閉じた住居に家族以外の他者が入り込む余地を与え、様々な形で地域の人々と繋がる契機を与えてくれる。奈良盆地南西部に計画された厨子2階建ての建築形式をもつ「旧花内屋」は、大きな土間を核として建物全体が、近隣の人々との協働でインスタレーションを展示したり、ギャラリーや喫茶スペースになるなど、地域の人と共に街を愉しむためのプラットフォームとなっている。

何世代にも渡り住み継がれてきた奈良盆地の民家は、過去に追加されてきた様々な種類の複数枚のレイヤー(改修の履歴)の重ね合わせである。改修にも共通の特徴が見られ、キッチン、トイレ、風呂など設備の近代化、外部建具のアルミサッシへの取り替え、縁側や土間の室内化、厨子2階の個室への改造等、設備や間仕切り、建具の改修等に限定され、間取りの大きな改変に伴い構造が根本的に刷新される事例は少ない。これは民家が強い形式、構造、骨格をもっているからであると考えられる。別の言い方をすれば伝統や慣習だけで捉えることが出来ない可能性をもった強固な空間構造だからこそさまざまなレイヤーの積み重ねに耐え抜いてきたとも言える。「奈良盆地の空間構造が、個々の住居単位から地域全体に至るまで、ひとつの脈絡をもって系統的に構築されている」*とすれば、レイヤーの奥深くで埋もれ霞んでいる民家の空間構造をあぶり出し、それらをレイヤーの重なりの向こうに透けて見せる事で、その民家の建築形式が生まれた集落や通りの空間構造、技術や文化の積み重ねをも顕在化することに繋がるのではないだろうか。
「旧花内屋」をはじめとした御所町における厨子2階建ての建物群を改修する1連の計画では、土間や通り庭、坪庭、付属屋等の裏に隠された空間の奥行きを様々な仕掛けを介して表通りに染み出させ、新旧内外絡み合った複雑で魅力的な町の空間構造を表出している。
気化熱による冷却等環境的機能を持ち合わせていた大和棟の茅葺屋根は、メンテナンスの困難さ故トタンを張り保護することで長らく機能的にも景観的にも存在を消去してきた。今回新しい境界面の外に再び姿を現すことで調湿による快適な内部環境を生み出し、同時に妻面に現れる空隙断面を外部から認識できるようにすることで茅葺き屋根は上下内外反転され風景の中に再び生きた形で現れた。大和棟はこの地域の風景を形成する重要な建築形式であるにも関わらず消極的な理由で残されている場合が多い。形や素材を新しく読み替えその建築形式が持つポテンシャルを引きだすことで、大和棟は再び集落の風景の中に魅力的な姿で残っていくだろう。

民家の中にかつて存在した複合的な機能を持った曖昧な場所が、内部空間を豊かにするのみならず町と繋がるインターフェースとなることや、改修を通して民家の強固な空間構造や建築形式が持つ可能性を外部に明らかにすることで、改めて通りや集落の空間構造の魅力を意識する切掛になる等、民家ひとつひとつの小さな再生が建物単体にとどまらず周辺を巻き込み、町全体を動かす手掛りになればよいと考えている。地方都市が縮小していく中で、民家の平面形式や構造形式は、都市に残された貴重な可能性のかけらであり、それらを丁寧にすくい取り、繋ぎ合せ、地域全体を再生させていく契機としたい。
(吉村理)
*奈良盆地における住宅地形成の解析 1982.9 東京大学工学部建築学科 稲垣研究室 財団法人 新住宅普及会 住宅建築研究所
新建築2018年6月号特集論考掲載

(写真撮影 笹の倉舎 笹倉洋平