御所町プロジェクトー背割下水とアンチノミーー
御所まちの奥行きの長い敷地の背面を流れる江戸時代に築造された背割り下水は、ほぼそのままの形で大切に保存され今も機能している。水をコントロールできた事で奥に緑豊かな庭やハナレ、工場、蔵などが自由に増築され、町並みをつくる表通りとは背反する風景をつくっている。建物の間を縫うように庭や土間といった屋外、半屋外空間が張り巡らされ内外複雑に絡み合い、風が抜け、光が差し込む。連歌のように増築を重ねたあらゆる時代の建物の間に想定外の不思議な場所が生まれ計画された表とは違った魅力がある。過去に遡れば表通りに面した土間は商売する場所として開放され、通りから土間へ人が流れ、奥にある作業場や蔵から物が運ばれ、子供達は勝手に土間から敷地の奥まで入り込み遊んでいた。人々が表通りから奥まで頻繁に行き来し、表と裏が繋がっていた。表から見えないが故に長らく未利用のまま放置され傷みも激しい奥に残る多くの建物を再生し、表とは異なった豊かさをもつ空間を表通りに表出させる事で町の空間体験に厚みが生れる。まちの一角にある「旧花内屋」を少しずつ改修し、生活や仕事する場所として整えてきた2011年より現在に至るまで、平行してまちの大小様々なプロジェクトに携わってきた。御所まちには江戸時代から続く職住一体の大きな町家が数多く残る。現在でも住みながら商売をしている人々が多く、職と住が混じり合った独特な活気を生み出している。生活も商売も町と密接に関わる為、町のこれからを真剣に考える人が多い。そんな町に魅力を感じ近年県内外から移り住む人や、飲食や宿泊等の新しい事業を始める人も増えてきている。セルフビルドから会社組織まで規模も背景も異なるが、まちの小さなスケール感がまちづくりに関わる人びとを緩く繋げ面的な広がりを生んでいる。 表と裏、職と住、観光と日常、個人と組織、新と旧といった様々なアンチノミーが複雑に重ね合わされる事で、町に生き生きとした活気が生まれる事を期待したい。
「宿チャリンコ」ー貫壁が繋ぐ表と裏ー
かつて私も幼少期に通った銭湯を復活させこれを核にして、泊、食、湯分離の滞在型拠点としてまちを再生する事を目的として、まちづくり会社が事業展開している計画の中の一つであり、泊のパートを担う。一つの建物に機能を集約するのではなく町全体に機能を分散し観光客だけでなく地域住民も住まいの拡張として楽しむ事が出来る。環濠に囲まれた敷地内に建つ3棟の自転車屋兼用住宅をコンバージョンし、分棟形式をそのまま生かし、ハナレ、宿泊棟、コミュニティ-棟と機能を分けて再生した。町に大きく開かれたコミュニティ-棟は広い土間にレンタサイクル自転車が置かれ自由に利用出来るシェアキッチンと交流ラウンジがある。宿泊者の為の空間として機能する以外にも、地元住民の集まりや、コワーキングスペースとして使う等宿泊棟と切り離し単独で別機能として利用出来るようにもなっている。同型の2棟(宿泊、コミュニティ-)は築年数が古い平屋に近いツシ2階の典型的な御所まちの建築プロトタイプであり、閉/開対比的な面構えとした。耐震補強用貫壁を表通り、軒下、土間、狭い通り土間に沿って配置する事で、通りから自転車と人を裏に引き込む。宿泊室には自転車を持ち込む事が出来る。内部は天窓から光が差し込む半屋外の小さな路地があり、3棟の建物の隙間から環濠や周囲の町の風景が見え、町中の小さな裏道に迷い込んだような体験が出来る。
「A+」ー多重入れ子ー
御所まちの蔵元が手がけた「西蔵」「大和蒸溜所」に続くプロジェクトである。表通りに面した大和蒸溜所の敷地奥の庭に建つ、土蔵とハナレ座敷をフレンチレストランにコンバージョンした。敷地の一番奥にある明治時代に建てられた蔵を覆うように昭和初期にハナレ座敷が増築され更に中庭や塀が新たにつくられてきたという過去の時間的多層構造を展開させ新しい多重の入れ子構造をつくる事で、表にはない裏の重層的な空間の魅力を引き出すと同時に隣の町家が解体されて生まれた空地に面したトタン張りの妻面や使われなくなった縁側、暗かった庭を再生した。 入れ子構造の1重目として見立てた妻面に新たに設けた入口を開けると明るい庭が見え裏から表に反転する仕掛けとしてトタンの壁を機能させている。庭に入ると2重目の縁側の向こうに3重目の漆喰壁が見える。耐震補強を兼ねたこの巨大な白い漆喰壁は座敷と縁側の間に新設され日光を反射し暗かった庭に明るさをもたらすと同時に、縁側を漆喰壁と庭に囲まれた高揚感を誘うレストランへのアプローチとして再生した。蒸溜所のバーカウンターからも漆喰壁の手前に明るい庭を楽しむ事ができる。明るい廊下からレストラン内部に入ると暗がりの向こうに4重目として蔵の外壁がみえる。異なる年代に建てられた蔵と座敷棟は、狭い床面を有効利用するために上部に向ってアスタリスク状に垂壁を積層させる事で耐震補強しながら一体化した。8mの巨大なモルタル仕上げのテーブルカウンター、寺の建替えに際し不要になった長押のケヤキ巨木廃材を積み上げた階段、天井に浮かぶ巨大なアスタリスク構造体が開口部の少ない狭い空間に配置され、インテリアスケールではない土木構造物的スケールで設えられている。
「洋食屋ケムリ」ーグラデーショナルな面格子が貫くツシ2階ー
御所まちには2階部分の階高が低いツシ2階建の町家が数多く残り、街全体として高さが低く抑えられ水平方向に広がるジオメトリーをもっている。ツシ2階は倉庫等に利用される場合が多く、主な生活空間にはほとんど使われない外部から閉ざされた屋根裏的な余剰空間であり、2階でもなく1階でも無い不思議なスケール感がある。洪水への備えである白龍大明神を祀る稲荷神社と愛宕灯籠を守る巨樹の麓に位置する辻に建つツシ2階建のタバコ屋兼用住宅を洋食屋にコンバージョンした。宿チャリンコ同様まちづくり会社が手がけるプロジェクトの一つであり、食のパートを担う。 本来開口を設けないツシ2階の妻面に大きな開口をあけ、ツシの内部空間を町に表出させた。向かいに見える巨樹に呼応するように1階からツシ2階までを貫く巨大なスギ面格子が建物中央に配置され客席を柔らかく区画している。面格子のピッチはグラデーショナルに変化がついており、ツシ2階の天井の低さといった高さの感覚に揺らぎを与え、同時にピッチの細かい部分は耐震補強壁として機能する。日が落ちると稲荷神社の巨樹の隣に巨大な灯籠さながらツシ2階の妻面開口部から内部の格子が浮かび上がる。
「桜茶屋」ー町の縁側とキャンパスウォールー
県外から移住しセルフビルドで仲間達と3軒長屋を改修し、地域からの要望が多いにも関わらず今まで無かった場所である、小さな子供達とお年寄りとの交流や子育ての世帯の拠点となる空間をつくった。レストラン、ギャラリー、イベントスペースが完成し、現在宿泊スペースを施工している最中である。前面道路が袋小路で車の進入が出来ない事を逆手にとって表に対して閉じていたファサードを全面開口とし通りに開かれた町の大きな縁側として再生した。春にはお年寄りやベビーカーを押すお母さんお父さんが散歩の途中に腰掛けて線路土手の豊かな桜並木を見る事ができる。縁の奥の板間には小さな子供が中に入って絵を描き本が読める大きな木箱で組立てられた2階ギャラリーに上がる階段を設けた。 通りに面していない敷地奥に、表の三軒長屋のツシ2階平入りの表情とは全く異なり、倉庫や水回り、ハナレとして増築され洗濯物干し用の屋外テラスとして利用していたフラットな屋上空間をもつコンクリート造の小屋が幾つか未利用で放置されていた。表から見えない裏手にこのような形式をもつ建築物が増築されるのは御所まちによくみられる方法である。小屋同士の間には大小様々なスケールの空地が生れて意図されていない不思議な魅力がある。これらを解体せずにトイレや厨房などのバックヤードとして利用し、「図」である小屋群の間の「地」の空間を表から連続するパブリックな路地として再生した。表の歴史的文脈との不連続な面白さをペインターが小屋の壁=キャンパスウォールに自由に装飾する事で実現している。
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