福神の森

敷地は奈良県中部にある大淀町福神地区の森を切り崩し造成した新興市街地の端に位置し、果樹園、農地、雑木林の間に製材所、工場、資材置場などの生産貯蔵施設や民家が混在した市街化調整区域と接する。戸建て住宅+住宅のクライアント夫婦が作る菓子製造販売所+知人が営む地元産材を使った食堂+野菜畑及びその農作業小屋の一体的計画である。私的な計画であるが、ご夫婦には共に暮らす近隣の人々が楽しめるように町全体の環境をより良くし、更に広く大淀地域全体の魅力を伝えて盛り上げたいという強い希望があり、それらを実現する為自ら多くのアイデアを出し必要な交渉も積極的に行っている。用途の混在防止を目的とする地区計画に従い、住居とそれ以外の建物は道路を介して定められた別々の地区(住居地区と誘致施設地区)に分散配置している。周囲の市街化調整区域にある山間に残る旧集落を形成する民家や生産施設の多くが大きな軒や半屋外土間をもつように、各地区に分けて建てられた建物は共に大きな軒や半屋外土間を内包する3枚の屋根で特徴づけられている。計6枚の赤色の屋根の重なりは、集落的なまとまりをつくり地区境界により分断された風景を結ぶ。住宅はこのまとまりの導入部としての役割を担っている。歩道に面した造成法面には近隣住民の方々が散歩の途中で休憩の為に座れる石を置き、様々な種類のハーブを植え、施設誘致地区側に向いた表情をつくっている。住み手家族、知人、店に来るお客さん以外に、住居地区に住む近隣住民の散策ルートの一部に組み込まれるように計画している。大きな軒下空間は、店の人と知り合いが立ち話したり、夏の暑い日散歩の途中に軒下の日影で休憩に座ったり、近所の方々を呼んで産直市場を開いたり色々な人々が自由に立ち寄り、とどまる事が出来る場所である。敷地南には樫林があり、その向こうに市街化調整区域が広がる。将来この土地を借り樫以外の雑木や下草を伐採しそれにより思いがけず生まれた空地を繋げてケモノミチのような魅力ある散策路を作り敷地と樫林を繋げたいという構想を持っている。住宅の南にある雑木林から様々な雑木や苔を敷地内に移植した。時間をかけて周囲の森に溶け込み、敷地境界をはみ出し周辺環境全体を巻き込んで新しい福神の森をつくっていきたい。建物は全て敷地から数十分程の製材所から運ばれた吉野産天然乾燥材でつくられている。設計の初期段階から製材所に入ってもらい、木材の選定と設計、構造検討を同時に進めていった。エンジニアリングウッドを使わずに、豊富にストックされているにも関わらず有効活用されていない大径木を使って大きな軒をつくっている。木材だけではなく、菓子販売や食堂に携わる方々が、周辺地域で製造、生産される家具や食材などを積極的に取り入れ、地場産食材等を販売するマルシェを行い、外に向けてその良さを発信する事で、より広く地域全体の再生に繋げている。

菓子製造販売所、食堂、農作業小屋-20mの軒下の風景-誘致施設地区内の敷地に、西側の住居地区に向かう約4°の緩やかな下り勾配に沿って同じ屋根勾配を持つ3棟の建物(菓子製造販売所、食堂、農作業小屋)を配置した。菓子製造販売所、食堂は日射を考慮して南北に2分割し、南は倉庫・厨房機能を入れて閉じ北に大きく開いている。軒下の雁行した壁面線と敷地傾斜に合わせた軒高の変化、軒裏に見える7本大梁の形状・樹種の全て異なるバリエーション、そして基礎残土を転用して作られたマウンドが作る有機的な地形により、20m続く長い軒下空間に楽しい変化が生まれた。大梁から吊られた大径丸太や、地場産の巨大な石、魚が生息する雨水を貯める直径90cmの大きな産業用タンクは、座ったり集まったりする為のきっかけを作っている。奥行2m、高さ4m、長さ20mの軒下で、適度な距離をとりながら横方向に人が並んで、同じ空間の中で楽しく生き生きと別々の好きな事をしている風景を作りたい。丸太に座って友達と話をする、一人で考え事をする、テイクアウトのコーヒーを飲む、散歩の休憩で立ち寄るなど、軒が連続した町家の通りのような賑わいが生まれたら面白い。

福神の森の住宅-内外を繋ぐツールとしての屋根-元々別の場所で菓子製造販売店を営みお店から車で40分程の離れた場所に住居を構えていたご夫婦が、職住近接を目指し適切な土地を探す事から計画がスタートした。最終的に住居と店舗が道路を挟んで隣接する事が出来る場所を選定した。夫婦が営む菓子製造販売だけではなく、植樹しながら少しずつ森を作り、夫婦以外の人々が関わる食堂や農作業小屋、将来的にこの地域ならではの小さなお店を森の間にポツポツと増やしていく計画である事を考えると、近づき過ぎず、かといって離れすぎてもいない適度な距離を保つ事が重要であった。南東角に基礎残土を利用したマウンドをつくり、それを囲むようにL字型に建物を配置する事で、東側に広がる森の風景がどの部屋からも繋がる。長い年月をかけて徐々に変化していく「福神の森」の風景は家族の共有の記憶として残っていく。屋根を福神の森と部屋を繋げるツールとして考えた。大屋根の一部を1,2階にまたがる立体的で大きな軒裏空間とする「屋根の下」の利用だけでなく、勾配屋根を延長して床・壁と連続させる事で、「屋根の上」を利用し内外の魅力的な関係をつくっている。東にある店舗敷地から見ると、住宅地区内に建つ多くの住居の屋根形状にあわせた切妻屋根を持つ2つの建物が手前と奥に配置されているように見え、集落的な風景をつくっている。